ちょっとエヴァの話もしていいか!?
ごめん、グリッドマンの練られた感想と解釈がお出しされると思ってクリックしてたらほんとにごめん。
混ぜ物デッキでしたこの記事
でもこうでしかワイは生きられへんのです
あと
グリッドマンを見てない人が読んでもな〜〜〜〜〜んも面白くない記事です
シンエヴァ、およびヱヴァンゲリヲン新劇場版のネタバレは抑えるのでそんなに怖がらなくて大丈夫です
…………が、インターネットを眺めてるとなんとなくこういう作品なんだろうなという想像は出来ると思っていて
そういう断片の集合みたいな情報はこの記事にあります
論旨がそれなので許して〜や
ブログを放置しすぎてもはや触ることすら億劫になったので長いツイートをするためのツールとして新しくブログを用意しました
つまりこの記事は長いツイートだと思って読んでくれ 正直に言う、保険をかけてるぞ
ま〜じで放送当時から見なきゃな〜見たいな〜〜〜と思ってたんすけど
なんか行けそうだったもんで見始めてそのまま最終回へ突っ走ってしまった、後悔はないね
グリッドマンって、円谷の作品を祖として生まれて来た数多のコンテンツを礎として生まれてるな…………とぼんやり思ってるんだけど(トランスフォーマー要素は別として)
自分はその、ここでエヴァンゲリオンの話をちょっとしたくて
(エヴァンゲリオンがウルトラマン拗らせた人間が作ったものであることは周知の事実として話を進めるぜ)
旧劇、並びにテレビ版最終回で暗に示された、
アニメの「予定調和的な安心」を望む者とそれを与えなかった創作者という構図があって
現在のインターネットではあの終わり方をよく「オタクは現実に帰れ」と雑に訳されてたりするんだけど
それに対して現代の多くの作品がアンサーを返してる流れがとても好きで
その中でも(それを意識してたかどうかはわかんないんだけど)(でもどう考えてもエヴァ破のオマージュはあったよね)『SSSS.GRIDMAN』は強烈というか
かっこつけずに言うと最高だったな〜〜〜〜〜って感じなんスけど
どちらの作品も最後に
「他人のいる世界」への帰還を示唆して終わったんだけど
エヴァでの「他人のいる世界を望む」という答えは碇シンジが独りで悩んで悩んで出したものであり、
作品の根底にもお前の逃避は予定調和にならなかった、お前はどうしたい?という問い掛けがあって、
対してSSSS.GRIDMANは「逃避」であったはずの世界に来たグリッドマンたちが
「退屈」から救い出して、本来居るべき場所に送り出してくれたというのがあって
これは「人を信じる心」が作品の根底にあったからこその結末であると思っていて
この違い ビッグラブ ですわ
だからこそ 旧劇で示された問い掛けに対して監督自身が答えを出したシンエヴァの終わり方がああなのすごい好きなんだよな、とかも思う
なんか多分、シンエヴァの話をガッツリできたらもっとここがさ〜〜〜〜〜〜ッッッッッッいいよね…………ここ同じだけどここが違くてさ〜〜〜〜〜
監督自身の投影って元はシンジだったんだろうけど若干彼も「そう」なってきててその彼が「見送りたかった」というのが全然違うところから近しいものが生まれてていいよね〜〜〜〜〜とか言えるんだけど!!!
シンエヴァの話できないの 自信がないから
最後っ屁として普通にグリッドマンの話をします
特撮ジオラマのメタファーとかアクセスフラッシュの後の演出とか、「特撮」という概念が凄く好きゆえに見ててめちゃくちゃ興奮するところがあったり
でも勇者パースとか、最後の実写のシーンとかそこから繋がるUNIONのMVとか、アニメだからこそ光る演出もあって…………なんだこの薄っぺらい感想は
でも実際いいから仕方ない
最終回は最高だとして一番好きなの9話かもしれないです
そこまでのグリッドマン同盟から見た新条アカネも救わなきゃいけない存在とされていたけど
9話で思い通りにならないこと、「夢でもいいじゃん」という感情の吐露がされたことによって視聴者にも
彼女は救われなきゃいけない存在なんだということが実感として共有されて来て最後の方ちょっと泣いちゃった
も〜なんもわからん、これに続き物の映画があることも信じられん
どうやって作ったんだ 近いうちに見に行きます
ダイナゼノンも見なきゃいけんな これはすぐに見ます
ほらツイートだったろ